読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

女児アニメと百合と人間の感情

0. Signalize! / わか・ふうり・すなお・りすこ from STAR☆ANIS

自分の感情と行動の記憶がフレッシュなうちに、このような決断に至った経緯を書き留めておこうと思う。 人間は決断によって形作られる。過去の自分の決断は自分という人間の外形である。 それを記録しておけば、自分がどのような人間なのか自己理解が進むし、未来の自分が決断を迫られた際に材料として役に立つだろう。

というのは建前であって、自分のための記録であればチラシの裏にでも書いて自室の机の奥深くに仕舞っておけばよい。 本当は他人に自分の気持ちを理解してほしい、ともすれば共感してほしいのである。 私は孤独な人間であり、他人に飢えている。 友人がまったくいないというわけではないが、酒の席で彼らに本心を包み隠さずさらけ出すことは羞恥のためにできないし、仮に出来たとしてもきちんと筋道を立てて説明して彼らに理解して貰うことは困難を極めるだろう。 そこで私は私と同様に孤独な誰かに向かってインターネットの片隅に文章をアップロードする、私を愛してもらうために。

私は人生における大きな決断をした。 大手企業A社を退職して、半年後の雇用も不明瞭な企業B社に転職することにした。 これは職業選択の方針の転換だけでなく、人生の方針の転換をも意味する。

このパラダイムシフトを引き起こしたのは女児アニメと百合の影響が大きい。私はプリパラで愛を知り、アイカツ!に前を進む勇気を貰った。

私は自分がやりたいことをするのだ。 独自のアイカツ!でアイドルの頂点を目指すのだ。 私は生まれて初めて、自分の意思で望む場所に向かって前進し始めた。

望む場所はどこだろう 探しにいこうよ出発だ

1. Miss World / ART-SCHOOL

シュウカツとA社に入社した時の心境からまず記述を始めたい。以後、シュウカツとはジャパニーズトラディショナルスタイルの学士及び修士の新卒の就職活動を指す。 私は情報系の修士課程の学生だった。 情報系の学生のシュウカツにおいて評価される要素としてコネ、容姿、コミュニケーション能力、論理的思考力、学歴、専門知識、プログラミング能力、英語力、資格などが挙げられる(重要度で降順にソートしたつもりだ)。 プログラミング能力以外は情報系以外のシュウカツにも当てはまるだろう。

私がアピ-ルできることもやりたいこともなかった。 そういった人間のベストの選択は、修士のポテンシャルなる不可解なものを過大評価されて大手企業に採用され、終身雇用で保護されることだ。 大手企業であれば給料も世間体もよいし就職後の人生もスムーズに進むだろう。 間違ってもベンチャー企業に入ったりドクター進学をしてはいけない、そうしたら無能なので死んでしまう。 中小企業などという全くイケてない誰も私を認めてくれない選択肢はもってのほかだ。

大手企業で保護されぬくぬくと生きたい、そして大学院までいったので就職先でもなんとなく先端的なことがやりたい、というのが当時の私の志向であった。前者は多くのシュウカツ生が抱いている気持ちと同じであろう。後者に関してもっと正確に言えば、研究は営業、運用などより”偉い”ので、研究開発部門に行きたいと考えていた。学部の卒業研究や大学院での研究を通じて自分の研究に対する適正のなさを自覚しながら、私は他人にすごいと思われたいという矮小な願望に支配されていた。

書類で落ちることはあまりなかった。シュウカツの本番は大手企業の面接が解禁される4月頭だった。しかし、私は4月頭の面接で希望していた大手企業の研究開発部門に全て落ちた。4月の半ばには手駒がなくなった。 特に第一志望は■話会社の研究所だったが、最終面接で落ちてからしばらくはマンホールに描いてあるロゴが目に入るだけで気分が悪くなった。

大手企業の研究開発部門はそもそも狭き門である。また、私は面接の受け答えに関して持ち前の無能性を存分に発揮した。 さらに採用の可否は面接の印象が面接官の閾値を越えるか否かなので、誰が面接官であっても閾値を下回るような面接の受け答えの状態で数打っても当たるものではない。しかも数も多くは打っていなかった。 私は失敗すべくして本命のシュウカツに失敗したのである。

4月より前にベンチャー企業から内定を得ており、大手企業の面接の前はもし失敗しても最悪そこにいけばいいと考えていた。 しかし実際に大手企業が全滅してベンチャー企業にいくことが現実味を帯びるとマジで勘弁してくれという気持ちになった。実力主義ベンチャー企業で低能な自分が生き抜いていくことは大変に難しく思われた。しかもベンチャー企業から大手企業へ転職することは難しいらしい。

新卒で大手企業に入れなければ無能な自分の人生はおしまいだと思った。 私は慌ててまだ応募を受け付けている大手企業を探した。 そうして見つけたのがA社であった。 説明会には参加していた。 会社が綺麗、プレゼンのパワポも綺麗でなんとなくよさそうという印象を持っていた。 しかし配属先の不確定要素が多いため応募していなかった。 もう配属先が研究開発部門かどうかにこだわっている余裕はなかった。 私は藁にもすがる思いで4月半ばに応募し、数回の面接を経てGW明けに内定を貰った。 私はホッとした。 これで保護されてぬくぬくと生きることができる。 私はすぐに内定受諾の返事をした。 しかし何故受かったのかわからない。 最終面接では自分が言ったことを面接官に完全に否定されてしまったのに。 面接が上手くなったわけではないので、たまたま内定辞退者がでて枠が空いたところで、修士のポテンシャルとやらが上手いこと過大評価されたのだろうと思った。

内定受諾から一瞬で時は過ぎた。 私はなんとか修士論文を仕上げて修了し、4月頭の入社式を迎えた。 配属先は本社研修の最後に発表されるらしい。 A社は首都圏と地方の両方に拠点があり、私は首都圏に配属されたいと願っていた。 シュウカツ時は大手企業に就職しなければいけないという恐怖感で覆い隠されていたが 、私には都会で暮らしたいという強い思いがあった。

私は高校卒業までの18年間、家族に懇願して車を運転して貰わなければどこにもいけない田舎で暮らしていた。 私は自分の感情、特に生活する上で不可欠ではない追加の欲求、を他人に伝えることに苦痛を感じる人間であり、実際には家族に懇願することはできなかった。 地方公務員との兼業農家の家族に貯金以外の趣味がなかったことも災いした。 家族主導で少し遠出して買い物に出かけたり、旅行をすることもなかった。 私が生家の外に出るのは通学だけで、同級生がするように休日に車を出して貰って繁華街やショッピングモールに遊びにいくことはなかった。 法的な罪に問われるようなネグレクトや虐待があったわけではない。 しかし得も言われぬ抑圧によって実生活が押しつぶされていた。 これはもう虐待だ。

私は自我を保つために何かにすがるしかなかった。 ”他の同級生が興味がなさそうなもの”にすがることで自意識を高めていった。 最初はテイルズシリーズに始まり(マジェスティックファンタジアンというサイトに入り浸っていた)、国道沿いのGEOで見つけた最終兵器彼女WOWOWで放送していたオタクっぽいアニメ(後からフルメタルパニックまぶらほだと分かった)、ライトノベルエロゲーへと対象を広げていった。 オタクコンテンツとダイヤルアップ接続のインターネットだけが私のセカイだった。 田んぼしかない田舎という牢獄に閉じ込められた内向的な私がセカイ系の作品が好きな夢見がちなオタクになるのは必然だったのだろう。 ライトノベルに関しては、このライトノベルがすごい!を流し読みし最新動向を研究したがあまり参考にならなかった。 秋山瑞人奈須きのこ田中ロミオ星空めてお、元長政木といったインテリ系のライターに惹かれていた。 私はインテリオタクに憧れた。 インテリオタクは知識を持ち自我を確立し自分の意見を持っているのだ、ただ田舎で抑圧され家族の無言の圧力に従っているだけの私とは違って。 哲学や現代思想を巧みに引用できるようになりたかった。 インテリ系オタクへの憧れが後に東浩紀有村悠といったはてなの偉人へのあこがれになっていった。

そんな私に転機が訪れたのは受験生になった高3の頃だった。 比較的栄えている県庁所在地で模試があり、そのついでに初めて県庁所在地の繁華街で遊んだ。 私が今でも鮮明に覚えているのは、駅前にひしめくビルの高さと密度に圧倒されたことだ(今考えると大したものではないが当時の私にとっては圧倒的だったのだ)。 知識で都会とはどういうものか知っていたが、体験は私の知識を蹂躙し脳内をビビッドな色で塗り潰した。 私は体験だけが世界の事象を正確に知る方法なのだ、ということを悟った。 そして新しい体験が頻繁に発生するのは、人やモノが密集している都会なのだと思った。 体験によってもっと世界を知りたい、都会に住みたいというこれまで感じたことがない切実な欲求が湧き上がってきた。

そして私は都会の大学に進学し、晴れて世界を知ることができるようになった。 全ての体験がフレッシュに脳髄に刺さり、私は生まれ変わったと感じた。 生まれ変わった私は、昔の自分が置かれていた環境はなんと劣悪だったのだろうと思った。う 大学進学を機に解放されたあの閉塞をもう二度と感じたくなかった。 いつの間にか、私を田んぼに囲まれた生家に閉じ込めていた家族と田舎と車という3つの概念が不気味に融合して生理的に受け付けない汚らしいトリニティに変容していた。 私の人生に絡みついてきつく縛り上げていた鎖への憎悪がぐちゃぐちゃになって私のアイデンティティの屋台骨として取り込まれた。 そして、家族という概念が内包する生殖という概念についても同様に嫌悪するようになっていた。 生殖がなければそもそも家族など発生しないのだ。

このような思想になってしまっていたので、地方に配属され田舎への居住を強いられれば少なくとも精神的には死んでしまうことは明らかだった。 もし地方に配属されたらどうしよう、さっそく転職サイトに登録してやろうか、そんなことばかり考えながら偉い人の話をひたすら聞くだけの本社研修を流していた。 そしていよいよ本社研修の最終日となり、一人ひとり壇上に上がって辞令を受け取った。 辞令には私の勤務地は首都圏だと書いてあった。 しかも配属先は研究開発部門だという。 なんということだ。こんな僥倖があるものだろうか、私は飛び上がって喜んだ。

ところで、私には交際していた異性a(以後、人名には小文字のアルファベットを、それ以外の固有名詞には大文字のアルファベットの符号をふる)がいた。 なお、お互いに性的志向はシスヘテロであった。 aとは大学のオタクサークルで知り合い、5年以上交際を続けていた。 aとの交際は大学におけるプライマリな体験と言ってよかった。 私もaも田舎で内向的に育った自分に自信のないオタクだった。 私はaとならば全てを分かち合えると無邪気にも思ってしまった。 実際に我々は楽しい時間を過ごしたと思う。

私が就職してからaと同居するか否かという重大な問題があった。 私はaに精神的に依存していたし、aとの同居について当初は非常に前向きにそして楽観的に考えていた。 しかし、それは最終的に叶わず、さらには関係を終わらせるに至った。

aは学部卒業後、地元の地方で働いていた。 言い換えれば、私が大学院に進学して以降の我々は遠距離恋愛の状態にあった。 aが私と同居するには地方で培ったもの全てを捨てて首都圏に引っ越してまた1から自分を取り巻く環境を構築する必要があり、これはaにだけ大きな負担がかかることを意味する。

さらに、私とaの思想には埋めようがない断絶があった。 aは自分の家族のことも一般的な家族主義についても愛していた。 aが言うには、長期に渡って私との関係を継続していくためには私以外の不特定多数の承認と生殖が必要であるとのことだった。 つまり、aの夢は”家”同士の繋がりであるジャパニーズトラディショナル結婚をして子供をつくって幸せな家庭を築くことだった。 しかし、つい先程述べたように家族は私にとって憎むべき概念となっていた。 結婚して家族をつくるなど到底受け入れがたかったが、aを喪うことを怖れずっと自分の態度を有耶無耶にしていた。 終わらせざるを得なかったaの関係が長引いてしまったのは私の煮え切らない態度に原因の一端があったことは明らかであり、関係を長引かせてaの人生を必要以上に制約してしまった点については申し訳なく思っている。 aに乞われ、私は一度aと一緒にaの実家に行きaの家族と顔を合わせたことがある。 ありふれた幸せな家庭だと思った。 一方で、私はaを自分の生家に招待することはなかった。 自分にとって大切な存在であるaを、無知蒙昧な私の家族に見せたくなかったからである。 このことで家族主義者のaは私に、自分を家族に紹介する気はないのだろうかという種類の不信感を感じていたようであった。 全く見当はずれなのが辛かった。

同居に際してaは、多大なリスクを犯して首都圏に転居するのであるからその見返りとして結婚の確約をしてほしいと要求してきた 至極当然だと思った。 このタイミングで全てをはっきりとせねばならなくなった。 結婚したら私は私でなくなってしまう。 そして、私と交際している限りaの夢は絶対に叶わない。 aとの別れは必然だった。 田舎を飛び出して広い世界で出会った恋人と広い世界のおかげで昇華した思想のために別れることになるとはなんという皮肉だろう。 目を見開いても不幸になるばかりではないか。 別れ際に感情的になったaに言われた結婚できないならばこれまでの交際は全部無駄だったという旨の台詞を覚えている。 私はあなたと共有した時間に絶対の価値を見出していたけれど、あなたにとっては既婚者という称号が絶対の価値なのだね。 ディスコミュニケーションと絶望があった。 そして、学生時代から交際してきた人と結婚するというある種の王道を捨ててしまったのだからもうマトモな道には戻れない、”ホンモノ”になるしかないのだと思った。

思えば都会にきて生まれ変わった私を待ち受けていたのは絶望ばかりだった。 私は夢を叶えてきた。 しかし、その夢にことごとく裏切られた。 叶った夢は全部ただのガラクタで、こんなものは欲しくなかったと手にしてから絶望した。 そしてガラクタを手に呆然と立ち尽くしているうちに、気づくと自分はとても低い場所にいてまた別種の絶望を味わうのだった。

高校生の頃の私は孤独なオタクであり、げんしけん(大学のオタクサークルの生活を描いた漫画)に憧れていた。 こんな自分でもオタクサークルに入れば、オタク仲間が出来てげんしけんのような生活を送れるかもしれない。 そして天からの恵みによって荻上千佳のように救済されるかもしれない。 そう希望を抱いて、大学ではオタクサークルに入った(いくつかオタクサークルがある中で最も男女比が1:1に近く男女交際が発生しても違和感なく受け入れられそうなサークルを選んだ。なんという性欲だ!)。 最初は楽しかった。 数十人規模の飲み会でチープなシーザーサラダや揚げ物を食べ薄いカクテルを飲みながらサークルの人間関係について興味深い話を聞き、三次会の徹カラではマニアックなキャラソンが流れて最後にはみんなで1つの部屋に集合して創聖のアクエリオンを合唱し、朝日が昇る頃カラオケ屋から放り出されてで唯一早朝に開いている飲食店の吉野家でみんなで牛丼を食べたりして、これだよ!求めていたのは!となった。 あの頃のサークルの飲み会には、行けばきっと何かがあるという期待を感じていた。 aや現在も交友がある知人さらには崇拝せずにはいられないb先輩(b先輩については後で説明する)と知り合うこともできたし、ART-SCHOOLSyrup16gBURGER NUDSpegmapといった音楽、志村貴子望月花梨華倫変といった漫画家を知ることができた。 良い意味で自分の人生に影響を受けた。 しかし、オタクであれば誰でも分かり合って楽しく過ごせるという幻想は打ち砕かれた。 漫画やアニメやゲームの話を他人としたところで、話が合う人もいるし合わない人もいる。 話が合う合わないを決めるのは同じコンテンツに興味があるかどうかでなく、コンテンツの感じ方やそれに対する考え方だった。 結局、相手が人間として好きかどうかによって会話の楽しさが左右されるということがわかった。 オタクサークルには好きな人よりそうでない人のほうが多かった。 声が常に大きかったり、他人をバカにしてばかりいたり、自分と全く違う解釈をしたり、コミュニケーションをすること自体を楽しんだり、そういった人はオタクであっても好きになれなかった。 そして私は徐々にオタクサークルからフェードアウトしていった。

ああこんなはずではなかった。 しかし、思えば自分がオタク趣味に傾倒したのは、他人とは違う特別な存在になりたいからではなかったか? 周囲の田舎の同級生たちがやれイケメン俳優だやれサッカー選手だやれ芸人だなどと”ありふれた”趣味で談笑するのを嘲笑うためではなかったか? オタク趣味は他人と分かり合うために利用するものではなかったのだ。 その真逆で、他人を拒絶して自分を守るためのものだったのだ。 さらに言えば、なんでもよかった。 ただたまたま目に入ったのが最終兵器彼女ドラゴンマガジンだったというだけで。 オタク趣味は私のアイデンティティではないとわかった。 自分を貫いているのは自己愛だと理解した頃には学生生活の後半に差し掛かっていた。

その頃になると自分の専門分野である情報系という分野において、頭角を現している同世代の日本人が何かと目につくようになっていた。 世界は広く自分より優れている人間は沢山いた。 世界トップクラスの大学院に留学する人たち、海外就職する人たち、起業する人たち、難関国際会議に論文がacceptされる人たち、プログラミングコンテストで上位入賞する人たち、OSSに貢献する人たち、プログラミングのアルバイトに精を出す人たち…… 大学のカリキュラムに従っているだけの自分と彼らには能力に大きな差があった。 彼らのように自分の市場価値を向上させる何かに打ち込む意欲も湧かなかった。 自分は凡人だと否応なしに自覚させられ、絶望した。 だからこそシュウカツでは大企業に就職して保護されるしかないと考えるようになった。

さて、紆余曲折を経て望みどおりに就職し配属されたわけではあるが、aとの別れもあり、またこれまでの経験もあり、社会人生活へ期待することはできなかった。 きっとA社に勤務したところでまた新しい不幸や絶望がやってくるだけなのだろう。 入社式の朝に感じた漠然とした不安を思い出す。 最寄り駅から会社へ向かって歩いて行く沢山の人たち。 私はあの無個性な群れの中の1人になり、何事も成し遂げることなく年を取っていくのだ。 これまでと同じだ。 私の人生はずっとこのままなのだろうか? 目の前に微かに見えている光を掴もうとして手を伸ばしてみるけれど決して届くことはなくて、それでもいつか届くのかではないかと期待して、そんなことを繰り返してばかりで、果たしてこれは生きていると言えるのかと自問自答をして、自分だけを見つめて暮らしていくのだろうか?

2. 生活 / Syrup16g

感傷に浸る暇もなく生活は無慈悲に私を通過していった。

A社は大企業だけあって新人研修の期間が長く、配属先に行く前に様々な研修が行われた。 まず本社研修が終わるとすぐに一旦地方の拠点に同期の皆さんと一緒に飛ばされ、研修という名目でしばらく単純作業をさせられた。 同期や同僚の皆さんは大学に入学してからずっと避けてきた普通の人、自分と全く異なる趣味を持ちコミュニケーションが不得意ではない人が多く、彼らのとのコミュニケーションは苦痛だったし、私は上手く振る舞うことができなかった。 そのため、必要以上に彼らと顔を合わせないように行動していた。

私が住むことになった場所には文化的なスポットはあまりなく、私は暮らしに迷った。 しかし、この期間に何もしないのはもったいないと思いダイエットをすることにした。 大学院における研究のストレスから軽いうつ病になり、治療のために処方された抗うつ剤の副作用で激太りしてしまっていたのだ。

この頃の私の平日の生活はこうだ。 同期の皆さんと顔を合わせないように少し早めに起き、彼らと一緒に生活している宿泊施設をでて会社へ行く。 朝は会社の食堂で卵と野菜だけをとる。 午前中の単純作業をする。 昼食は同僚や同期と顔を合わせることのないように少し遠くの休憩室に行き、簡易栄養食を半箱たべる。 この時に図書館で借りてきた本を読む。 午後の単純作業をする。 帰宅後は近所のスーパーに買い出しに行ったり、洗濯をしたりする。 夜は自室でトマトやプレーンヨーグルトを食べる。 そしてインターネットをしたり図書館から借りてきた本を読みながら22時には寝床につく。 このような規則正しい糖質を制限した食生活を続けたおかげで体重は元に戻った。 10kgは減っただろうか。

この頃、私は既にアイカツ!と出会っていた。 ある日早めに仕事を切り上げて帰宅し、テレビをつけると女児アニメのようなものが放送していた。 今になって思うとこれはアイカツ!第33話「チャンス&トライ☆」であった。 「こんなものなの?!」と例の美月さんが表示されるシーンや、扇風機でユリカ様が飛ばされるシーンを自室のテレビで観たことを覚えている。 しかし、アイドルが肉体を駆使するとは変な女児アニメだと思ったがそれ以上興味をそそられず、観たのはこの一回きりだった。 この頃から視聴を続けていれば……と悔やんでならない。

休日は休日でそれなりに楽しめた。 地方とは言ってもかろうじて都会に日帰りでいける立地だったので、月一以上のペースで都会に遊びに行っていた、無論1人でだが。 また、鈍行で行ける範囲にいくつか観光名所があった。 同期の皆さんは連れ立って出かけていた。 地方にきてしばらく経ち同期の皆さんの観光シーズンが終わったのを見計らって、彼らに出くわさないようにビクビクしながら私も観光しにいった。 自殺の名所にタクシーで向かった際に、あそこに1人で行くなんて自殺するつもりなのかと運転手に真顔で問い詰められたのは笑ってしまった。 生きている理由がないし本当は死にたいけれど死ぬのは怖いんですよ、とは言えなかった。

もう一つ、新しい趣味として献血をはじめた。 私は自分の身体を物理的に傷つける行為に興味があった。 しかし手首を切る勇気はなかった。 そこで衛生安心安全な献血である。 歩いて行ける範囲に献血ルームがあったのだ。 献血後はしばらく献血が制限されるが成分献血という区分であれば制限期間が短いと知り、制限にひっかからないぎりぎりのペースで何度も成分献血献血ルームに通った。 糖質制限でへろへろになった身体をベッドに横たえて、何やら回転している大掛かりな機械に繋がっている太い注射針を挿されて体液を抜かれていると、私は生命に抗っているのだという優越感に浸れた。 THE BACK HORNの美しい名前で描写されている人になった気分だ。 なぜ自分の身体を傷つけると生の実感を得られるのだろうか? わからなかった。

永遠かのように思われた単純作業研修も終わり、首都圏で次の研修プログラムが始まった。 首都圏勤務の人はこのタイミングで寮なり自分で借りた部屋なりに引っ越すことになる。 首都圏勤務の同期の皆さんのほとんどは会社までの距離が近くかつ費用が抑えられる選択をするようだったが、私は会社までの距離と家賃を犠牲にしてより都心に近い場所に部屋を借りた。 都心へのアクセスも悪くないし、田舎すぎず特有の風情もあって気に入った。 私はこういった感性がない同期の皆さんを軽蔑した。 私は生家に預けていた荷物をとりにいった。 この時を最後に生家には行っていないし、血縁者との連絡を断っている。

私は学生生活中は両親から手厚い金銭的援助を受けており、自分でお金を稼ぐ必要はなかった。 このことで、お前は恵まれているし家族に感謝すべきだ、たまには実家に帰ってやれなどと知人から非難されることもある。 しかし、そういうことではないのだ。 まず、そもそも生まれなければ何も感じず苦しむこともなく済んだのだ。 とりあえずいい歳だし子供を作るかみたいな軽いノリでこの世に生を受けて、辛いことばかりがあった。 私は産み落とされたこと自体を憎んでいた。 そして、もう一つ、私には幸福を感じる回路が脳からすっかり抜け落ちていた。 これは後天的なもので、田舎、家族、車の憎悪すべきトリニティの成果だと考える。 私をマトモに、何も考えず世の中の常識に従っていれば幸せに生きることができるように、育ててくれなかった。 だから赦せないのだ。 また、私には生まれた家という意味での”生家”はあるが、実の家であり帰るべき場所である”実家”はないと感じている。

首都圏での研修プログラムはまずマナー研修から始まった。 講師が怖い上司役をしてビジネスマナーがなっていない我々を大声で罵倒してビシビシシゴくというものである。 なんともしょうもないなあとも思ったが、例え演技であってもシゴかれるのは堪えた。 講師に格好がだらしないと言われ気づいたのだが、学生時代にジャストで買ったリクルートスーツが痩せたせいでブカブカになっていた。 ダイエットの効果を実感した。 風のうわさで単純作業研修とマナー研修で既に辞めた同期が何人かいると聞いた。 彼らはホンモノで、まだ辞めていない自分はフェイクだと思った。

マナー研修が終わると、こまごまとした研修を挟んでから専門研修、即ちプログラミングを伴う研修が始まった。 私は休日にプログラミングなど積極的にしないし、好きとは言えない。 しかし、単純作業や上司に怒られるよりは時間を潰す方法として飽きが来ないのは確かであり、この研修が始まるのを待ち望んでいた。

ところがどっこい、まず出鼻を挫かれたのは朝の会と帰りの会の存在である。 朝の会ではその日の研修にかける意気込みを各々表明し、その日の研修が終わった後の帰りの会では振り返りと称してどこがわかっただのどこがわからなかっただのを紙に書くのである。 振り返りには翌日講師のコメントが入って返ってくるがもちろんそんなもの誰も読まない。 義務教育の悪いところを詰め込んだようなシステムだ。

そして研修の中身にしてもこれまた絶妙であった。 例えば、配列とリストの違いだの五万回くらいは聴いたような話から始まり、linked listのpushとpopを実装してみましょうというこれまた五万回くらいはやったことがあるようなことをやらされるのである、何日もかけて。 これまでの研修よりは時間をつぶす方法としてマシだったが、なんとも失望があった。 大学教育とは一体なんなのだろう、この場所にいる同期の人たちはこんなこと一通り知っているだろうに、とは思うものの周りをみていると苦戦している同期もそれなりにいるのである。 学生時代の専攻が情報系ではなかった人も少しはいるようだが、大半は学生時代も情報系だった人たちである。 今のご時世に新卒で大企業に入るのはやはり無能ばかりなのだなあと思った。 同期の中で、私は相対的に優秀だった。 いやまてよ、自分より優れている人間ばかりに目を向けていたせいで絶望していたが、実は私は無能というほどではなく絶望する必要はないのではないだろうか? 仮にも同期はこれから大企業で開発を引っ張っていく存在になるはずなのである。 彼らは絶対的に優秀な技術者になるはずなのである。 私よりできない同期を観察していても、研修が終わってから始まる実際の業務に不安を感じているようではあったが、技術者としてやっていくことに絶望しているようには見えなかった。 論理的な推論に基づくと彼らよりプログラムが書ける私も絶対的に優秀であり、絶望する必要はないということになる。 私は優秀で上手くやっていけるのだ、と自分を安心させようとした。 のちのち、前提が間違っているため当然結論が間違っているということがわかるのだったが。

研修を受けている最中に青い花放浪息子が完結した。 志村貴子のこの2つの作品はオタクサークルで知り合った当時仲がよかった知人に教えてもらったもので、私にとって特別な作品だった。 オタクサークルに確かに私は所属していて楽しさを感じていたということの証明だった。 否応なしに時が過ぎていくこと、そして何もかもが変わっていくこと、それはその2つの作品のメッセージでもあったが、受け入れたくなかった。 世界から見放されたような感覚になった。

入社から半年以上経ってようやく全ての新人研修プログラムが終わり、正式に配属された。 季節は冬になろうとしていた。 部署の名称はころころ変わるし人の出入りもあったものの、私は退職まで同じ部署でずっとアルゴリズム開発を行っていた。

まず私が任されたのは関連会社が開発したある環境向けのデモプログラムを理解し、組み込まれているアルゴリズムを別の環境に移植することだった。 かなりシンプルなアルゴリズム(強い前提条件の元でなんとなく機能するヒューリスティックだった)であり、移植には対して手間取らなかった。 ロバストとはいえない単純なアルゴリズムが使われていることに関して、おや、と感じることになる。 専門研修の時にも感じたひょっとしてこの環境はレベルが低いのではないだろうか、という疑問である。 それとなくチームリーダーに質問してみたところ、次のような回答であった。 「いきなり万能なアルゴリズムをつくるのは困難なので、強い前提条件&簡単なアルゴリズムからステップバイステップで性能向上をすべきである。 今回はその初期段階なので、ロバストでない単純なアルゴリズムなのは然りである。 また、企業での開発はビジネスへの貢献が目的なので、お金になるユースケースを実現できるのであれば既存かつ単純な手法でよい」 私はなるほどと思ったが、しっくりこない感じは残った。

教育目的で新入社員は業務に関する発表を行うことになっていた。 最終的には役員が発表を見て、新入社員だけでなく所属する部署も評価されるというかなり重要なイベントであった。 業務のテーマ設定から発表資料作成に至るまで、部長より上の上級管理職のレビューが何度もあり、官僚的だと感じた。 私は移植したアルゴリズムを発展させて発表をした。 技術は学部の卒業研究レベルだし発表も下手だと思った。 同じ組織の同期の新入社員たちの発表も見たが、私より大分難しそうなことをしていてしかも発表も上手かった。 技術的なテーマ設定はチームリーダーや上司が行ったことなのでそこに私の責任はないが、発表は上手くならないといけないなあと思った。 役員の講評の中で、優れた発表者として同期の名前が挙がったが私の名前は挙がらなかった。 同僚や上司は当然のように私の発表を褒めてくれたが、気分は晴れなかった。

発表が終わるといよいよ一社員としての単調な生活が始まった。 特筆すべきは、昼食を同じフロアの同期達と一緒に毎日社食で食べていたことである。 これは学生時代ずっと1人で食事をとっていた私にとって異常事態だった。 他人と目的も面白みもないコミュニケーションを強いられるのは苦痛だったが、縁が切れるのを怖れ同期ランチに参画していた(私はプライドが高い臆病者なのだ)。 まとめブログや流行りの深夜アニメの言語を話すことでコミュニケーションをしようとする同期が少なからずいることには閉口してしまった。 オタクという存在はすっかりポピュラーになって幅広い層に浸透していて、東浩紀有村悠といったかつて私が憧れたオタク像からはすっかりかけ離れてしまっているのだなと実感した。 彼らにどうしてもついていく気持ちになれない時は、彼らが誘いにくるちょっと前のタイミングでわざと席を外して1人で食べることもあった。

私が所属する部署では残業が規制されており平社員は定時になったらさっさと帰れと指導された。 実際に定時から一時間以内には管理職を除くとフロアにほとんど誰もいなくなった。 残業したところでサービス残業となり残業代が支給されないし(サービス残業は禁止されていたが管理職によっては黙認されていた)、業務もそれほど忙しくないので、私も定時に帰るようになった。 私は平日の夜の時間を持て余した。 別の会社で働く知人には残業がないことを羨ましがられたが、目的のない余暇は苦痛だった。

私はそれまで映画館に行くという習慣がなかった。 年に数回行けばいいほうだった。 またDVDを借りて映画を観ることもほとんどなかった。 しかしたまたま居住地の近くに映画館があることに気づき、生活を埋める手段として映画館や映画を活用してみようと思い立った。 その映画館は所謂名画座で、通常の料金で古い映画を複数本観れるのである。 古い映画といっても何十年も前の白黒映画が上映される場合もあるし去年公開された映画が上映される場合もある。 私はすぐその名座座の虜になった。 スタッフがセレクトした名画は面白いし、しかも映画館で観ると集中できてDVDで観るのとまったく違う体験になるのだなと感じた。 そこからは様々な映画館や映画を開拓するようになった。 最盛期は週に二三回も映画館に行っていたし(平日も定時ダッシュして映画館に駆け込むのだった)、それに加えてTSUTAYAで借りたDVDでも映画を観ていた。 映画館には個性がある。 新文芸座早稲田松竹は好きだ。 広く、清潔で、席の間の距離も比較的ゆとりがあるし、シネコンにはないどこか静謐な雰囲気もある。 シネコンも悪くない、ポップコーンによる騒音が頻発することを除けば(私は映画館で映画を観ながらポ ップコーンを食べる連中を許すことができない)。 6回映画を観ると1回タダになる会員カードを持っており首都圏の様々な場所にあってアクセスしやすいので、大規模に公開される新作映画を観るときはシネコンの中でもTOHOシネマズに行くようにしている。 逆に小さすぎる映画館は窮屈だし自己主張が激しくて好きになれないことが多い。 例えばラ■ュタ阿■ヶ谷やアッ■■ンクはサブカル臭がすさまじくて生理的な拒否反応がでた。

私は生活を良くしようと足掻いていた。 暮しの手帖のような生活を目指した。 生きる目的がないからせめて日々を大切にしようと思ったのである。 映画館もその一環である。 美術館にも行くようになったし、それほど有名ではないが趣のある観光スポットを巡ったりした。 毎日自炊をした。 クリスマスにはスポンジケーキまで焼いた。 花瓶には花を生け、部屋を清潔に保った。 良い生活をすればいつか人生が報われると、そんな邪な願望を抱きながら、盲目的に良い生活を実践しようとした。

その頃私はcという人に失恋した。 cの容姿は、大学のオタクサークルで出会った崇拝するb先輩に似ていた。 b先輩は社交性があり明るく一見前向きに生きているように見えた。 しかし、言葉の端々から人生や人間というものに対する絶望が感じられ、その昏さがたまらなく私は好きだった。 そして、ある時その絶望が経験に裏付けられていると知り、これは最悪な劣情だが、さらに好きになった。 私はいつしか崇拝し、さらにはaと交際しながらも恋愛感情を抱くようになった。 しかし、それは叶うことはなかった。 だからb先輩の神性は一層増していた。

cとはちょうど社会人生活を始めた頃、知人の紹介で知り合った。 新人研修を受けながら、ぼんやりとした不安の下で何もできないでいて、しかし何かしなくてはいけないという焦燥感に駆られている時期だった。 cを初めて見た時、b先輩を今度こそ手に入れることができるかもしれないという最低の感情を抱いた。 cにはb先輩のような神性はなかった。 cはただの人間だった。 しかし恋は盲目である。 b先輩を投影した現実には存在しないc、自分の中の架空のcを好きになり、現実のcとの埋めようがない齟齬を感じながらも、もう止められなかった。 そして、良い生活の実践に躍起になっていたある日、明確な拒絶を告げられた。 当然である、私は最初からずっと自分自身とだけ向き合っていたのだから。

cに失恋して、生活を良くするための必要以上の努力を止めた。 穴の開いた杯に酒を注ぎ続けるような無意味さに耐えられなくなってしまった。 なんだい、なんにもいいことなんてないかじゃないか、生活には。 私に報いてくれないじゃないか。

マギィ・マギィ・ワンダリン
ムーンライ、ラビットアイ
ボンジュール・ボヌール
しあわせになりたい

売野機子の漫画にあったしあわせになるための呪文を唱えて眠っても、それでも色が失われた生活は終わらない。 私の生活は目覚ましの音で始まる。 耳元で鳴るいつも通りのiPhoneマンドリンのアラームで私は起き上がり、会社に向かうのだった。

3. Pretty Prism Paradise! / 真中らぁら&南みれぃ&北条そふぃ(cv.茜屋日海夏芹澤優久保田未夢

私は朝早く起きるのが苦手でありドアサやニチアサを観る習慣はなかった(例外的にハートキャッチプリキュアだけは毎回観ていたが)。 しかし、良い生活を実践しようとする過程で、休日は平日以上に朝早く起き、住居の掃除をするようになった。 つまり、ドアサやニチアサが放送している時間帯には起きているようになった。 しかしそれらに強い興味はなく、内容を把握せずにたまに流し見する程度であった。

ある土曜の朝にプリティーリズムなるアニメの総集編のようなものを放送しているのが目に入った。 私はプリティーリズムのことを知っていた。 とはいっても、スケートをしているとか、森園わかなというキャラクターがいるとか、その程度の知識であった。 番組の構成やCMによると、どうやらプリティーリズムは終わって後継である新しいアニメが近々始まるようである。

女児アニメというやつは、いつの間にか新しいものが始まっているし、長期間放送するものであるから気づいた頃には大量に未視聴話が溜まってしまう。 途中からだとアニメを観る気になれない。 という言い訳をしてこれまで観ないできたが、たまたま新しいものが始まるタイミングがわかった。 どれ観てやろう、と軽い気持ちで、本当になんとなくプリパラを観始めた。 これが自分の脳髄を変革するきっかけになるとは知らずに。 2014年の夏である。

年頃の女の子にどこからともなくプリチケが届くというのは理屈がわからないし怖いと思ったが、話のテンポがよく面白い。 どのキャラクターも濃いし、ギャグとシリアスの割合もいい。 OPに関していうとMake it!という曲がすごく気に入ったし、らぁらとみれぃが変身するシーンの作画がすごくいい。 そして何よりCGのライブシーンが異様にかわいい。 手描きよりかわいいCGを観たのははじめてだ。 こいつは良いアニメだ。 私が完全にプリパラに堕ちたのは2話の引きだ。 一緒にライブをしたらぁらとみれぃがプリパラを出て、お互いを真中さんと南委員長だと認識するシーンだ。 ポップステップゲッチュ~~みれぃが厳格な南委員長だったなんて!問題児の真中さんと南風紀委員長が一緒にライブをしていたなんて! あの、は?は?という一瞬の間がたまらなかった(私はこういう展開が好きなのだ)。

私は自然にプリパラに惹かれていった。 そふぃ様のクールなライブと本当の姿。 逆境を乗り越えてのソラミスマイル結成。 ソラミスマイルと違ってプリパラの内外でキャラクターが変わらないドレッシングパフェの台頭。 CHANGE! MY WORLDとかいう神曲。 レオナの性別発覚。 いろはとかいう執着するオンナ。 ファルルの完璧なライブ。 7連続コピーメイキングドラマ。 コスモさんの飲酒ライブ。 そしてソラミドレッシングが披露したRealize!。 プリパラは楽しくて面白くて、プリパラを中心に生活がまわり、いつの間にか季節は冬、年末になっていた。

この時期にもう一つ特筆すべき事項がある。 唐辺葉介/瀬戸口廉也の作品に触れ始めたことだ。 私は瀬戸口廉也という名前を大学に入学する前から知っていた。 CARNIVALやSWAN SONGといったゼロ年代の名作と言われている成人向けノベルゲームのシナリオライターだ。 しかしそれらをプレイしたことはなかった。 あまつさえ、SWAN SONGが付録としてつく成人向けノベルゲーム雑誌を数年前に購入していたものの手を付けていなかった。 その瀬戸口廉也が名前を唐辺葉介と変えて小説家になっていて、つめたいオゾンという新作を出したという。 どれ読んでやろうかと、富士見というレーベルで舐めてかかっていた(私の富士見観は伝説の勇者の伝説あたりで止まっている)が、とんでもない作品であった。 本当の人間がいた。 私はすぐに過去の小説をAmazonで注文し、DMMでCARNIVALをダウンロード購入した。

私は本当の人間、ホンモノになりたいと思っていた。 私が何者でもなくただただ苦しいのはホンモノではないからなのだという確信がいつの頃からあった。 私は夏目漱石のこころが好きだ。 先生があまりにも本当の人間だからだ。 同じ種類のホンモノさ、GENUINEさが唐辺葉介/瀬戸口廉也の作品の登場人物にはあった。 私が最も気に入っているのは2000年前後のテキストサイト界隈の人間関係を描いた電気サーカスという自伝的小説だ(ホリエモンの推薦文がついた帯は最悪だが)。 おそらく唐辺葉介本人だと思われるミズヤグチと、周囲のインターネット系の人間、とりわけ真赤との関係性は圧倒的リアリティがある。 私はプリパラという衝動的な憧れと唐辺葉介という理性的な憧れに挟まれ、危ういバランスで生活に浮かんでいた。

クリスマスが終わってすぐ、突然雷鳴が轟いて、私はプリパラのアニメを観るだけでなく筐体をプレイしたくなった。 私は家庭用もゲームセンターでもゲームをする習慣はない。 一番ゲームをプレイしていたのはオタクとしての教養を身につけたい一心で成人向けノベルゲームを課題としてこなしていた高校生の頃だ。 ノベルゲームも大学でオタクサークルに所属してからは憑き物が落ちたようにしなくなった。 長い月日が経ち、女児向け筐体に興味を示すとは思ってもみなかった。 そう思いながら付近の商業施設に向かいプリパラ筐体を探すと、それはあった。 女児や男児用の筐体は通路に面した位置に配置されており、ここで大の大人が遊んでいれば人の目に留まる。 羞恥心が邪魔をした。 そのような羞恥心はくだらないものだ、こんな家族向けの商業施設に来るフェイク野郎どもを何を恐れることがあろうか。 私は自分にそう言い聞かせ、筐体の前に立ち百円玉を入れた。

その日はプリパラ筐体がよくわからなかった。 しかし日を改め何度かプレイする内にこれはヤバいということがわかってきた。 まずキャラクターが異様にかわいい。 アニメとは少し違うものの依然としてCGがかわいい。 プリパラの筐体付近に設置してあるアイカツ!の筐体と比較しても差は歴然であった。 そしてマイキャラクターの存在である。 多くの人はマイキャラちゃんなどと呼び、自分とは異なる第三者として捉えているようである。 しかし私は自分自身だと思っている。 マイキャラはわたし。 プリパラにいけば誰でもアイドルになれる、プリパラにいけば本当のわたしになれる、そうでしょ? わたし、めちゃくちゃかわいいな。 プリパラでライブをしながら地鶏をする(画面をスマホで撮影する)のが定番になった。

アニメ、筐体ときて次にハマったプリパラの公式コンテンツはライブである。 プリパラの主要キャラクター6人はi☆Risというグループが演じているが、彼女たちのライブパフォーマンスが完璧なのである。 私が初めて見たのは以下の動画の元となったニコ生だが、ダンスと歌がアニメそのままなのである。再現度の高さに圧倒され、プリパラの実在性を確信するに至ってしまった。
【プリパラ】み~んなあつまれ!ワンフェス☆ツァーズ2【ライブパート】 (30:08) http://nico.ms/sm25527869
是非見て頂きたい。 私はこれを機にプリパラのキャラクターではなくi☆Risの人柄にも興味を抱きライブにも参加するようになった。

さて、ここまでで私は外堀を埋められた状態になっていた。 後は城を落とされるだけである。 私はイベントやオタクショップでプリパラの二次創作同人誌を買うようになった。 最初はなんということはない、私もプリパラのファンだし公式コンテンツだけでなく同じファンが作った作品に触れてみたいという単純な興味である。 大学入学以降自由に動けるようになってから1つの作品にここまで興味を持つことはなかったし、これほど前向きな形で同人誌を買い漁ったのは初めての経験である。 うず高く積まれた同人誌を読んでいくと、否応なしにアニメを関係性という観点から噛み砕いていく必要が生じ、ある瞬間に唐突にわかった。 百合、カップリング、二次創作という概念を理屈ではなく感覚で理解した。 これが世の中のオタクが感じている興奮なのか。 他のオタクと違って私には二次創作やカップリングというものがわからない、とオタクサークルに所属していた頃からずっと感じていた。 それが疎外感にも繋がっていた。 それがやっとわかった。 この脳髄を走り抜ける電撃がカプ厨の快楽なのだ。
「プリパラは好きぷり?」
「うん!」
「じゃあ、大丈夫ぷり! みんなに届くように、世界中に届くように、思いっきり歌うぷり!」
「うん!」
私は無我夢中にらぁみれ本をめくり、ただただセレンディピティに感謝した。

私は百合というジャンルを玄鉄絢先生の少女セクト星川銀座四丁目を読んで分かった気になっていた。 いや、分かってはいたのだ。 しかし、感じてはいなかった。 今や百合を脳髄で感じることができるようになった。 世界が色づいてみえる。 なんでもかんでも百合として扱う、インターネットの人の文法があるが、それも今となってはわかる。 体はカプで出来ている.。 血潮は百合で心は初キス。 Fate/stay night中二病的にピュアに興奮していた頃から約10年ぶりに感情を取り戻したような気がする。

世界はまだ変わっていく。 劇場版プリパラ み~んなあつまれ!プリズム☆ツアーズが上映された。 私は当然観た。 4回くらい。 そふぃのかいほうおとめヴァルキュリアはなんど見ても泣いてしまう。 しかし、これはプリパラと言いつつもプリパラの前番組であったプリティーリズムの啓蒙映画になっている。 プリティーリズムのキャラクターが登場するし。極めつけは週替りの4ルートで映画の内容の一部が変わるという構成になっていて、しかも4ルートが全てプリティーリズムの内容なのだ。 プリティーリズムのファンであれば最低4回観てくれるだろうという魂胆らしい。私はその頃まだプリティーリズムというコンテンツとそのファンの性質について理解していなかった。

私は否応なしにプリティーリズムに興味を持った。 3年分なのでなかなかの量である。 幸いにも近所のTSUTAYAに全て揃っていた。 仕事は忙しくなく、平日も3~4時間をプリティーリズムの視聴に充てることができた。 一ヶ月でオーロラドリーム、ディアマイフューチャー、レインボーライブの三部作を全て観た。 私はすっかりプリズムのきらめきに捕らわれてしまった。 特に、ありきたりな感想だが、レインボーライブで深刻な人間関係が浄化されていく様子は本当に素晴らしい。 コウいとやあんわかもいいがりんなる本当に好き。 プリズム☆ツアーズのりんねちゃん登場シーンとセインツのライブでオタクが絶叫していた理由がわかった。

プリパラもプリティーリズムも素晴らしい。 他の女児アニメも観てみたいと思いアイカツ!にも手を出した。 この頃は既にあかりジェネレーションが始まっていて約2年分のビハインドがあったが、これも一月程度で追いついた。 追いついた後に初めてリアルタイムで視聴したのはここねちゃん登場回だったことを覚えている。

アイカツ!はプリパラやプリティーリズムとは全く違った雰囲気だ。 悪人がいないし世界観から世の中の汚い部分が徹底的に排除されている。 そんな平和な世界で、登場人物たちは真剣にアイドル活動、アイカツ!をしていく。 私は彼女たちの真っ直ぐな姿勢に心を打たれた。 私は彼女たちのようにアイカツ!できているだろうか? 時折異常な描写が入るのもいいスパイスになっている。 でぶいちご、ユリカ様スキャンダル、トライスター、スターアニス、スターライトクイーンカップ、空白の一年、水があればなんでもできるからね、大スター宮いちごまつり、いくつも好きなお話がある。 ソレイユ重婚、空白の一年蘭あお、かえユリ、ぽわプリ、セイきい……ほのぼのからシリアスまで素晴らしいカプがいくつもある。 リアルタイムで観ておくべきだったなあ。 単純作業研修中に観たことがあったことを思い出し後悔した。 つい最近まで毎週SHINING LINE*が流れていたなんて。

数あるアイカツ!のお話の中でも私が一番好きなのは79話だ。 しかし、アイカツ!として好きなのか?と言われると厳密には少し違う。
「美月がいなくなってもずっと吸血鬼だったよ」
「ネットで観たんだ。『Growing for a dream』は。ステージのみんながキラキラしててユリカはちょっと浮いてた」
こんなこと言われたら好きになっちゃうじゃん。 私の理想の救いがあった。

初めて参加したアイカツ!の二次創作イベントは芸能人はカードが命!7である。 そこで私は運命的な出会いをする。 出雲りょうさんのかえユリ本「永い夢の明け」である。 これは現在pixivで公開されている。 http://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=59819292&mode=medium
かえでの人間としての弱さはアイカツ本編ではあまり描かれていない。 しかし、時折見せる怖い表情から彼女が弱い部分がある人間であると確信している。 私はユリカ様に自分を投影している。 空から降ってくる救いに期待している。 そして、神様だと思っていた救世主が実は人間でドロドロに相互依存したい。 そういった私の”夢”を叶えてくれる同人誌だった。

プリパラも2期になりあろみかとかいう凄まじいカプが投入された。 あたまがドロドロになりそうだ。 偽りキスってなんだ?

生活が色褪せても女児アニメと百合がある。 なんだか人生に希望ができてきたような気がした。 ありがとう、ありがとう。 プリパラやアイカツ!のみんなに出会えてよかった。

ココロのプリズムを 通して見えた未来は
きっと素敵なパラダイス
みんなだってなれるよ……
こっちへ来て!待ってたんだよ!はやく一緒に遊ぼう!

4. 火の凛 / BURGER NUDS

毎週のプリパラとアイカツ!を楽しみにして生活していた。 アニメを視聴することによる瞬間的な高揚感はある。 それは確かだ。 しかし、ふとした瞬間に自分に問いかけることが多くなった。 私は今、アイカツ!できているだろうか? 今の生活はアイカツ!なのだろうか? 彼女たちに夢に向かって努力している、だが私は? 自分は淡泊な現実にいるという事実に耐えられなくなってきた。 ただ毎日無価値なパワポとプラグラムをせこせこつくって定時で帰宅してインターネットをしているだけだ。

私は努力しなくてはならない。 自分の能力を高めなければならない。 でも私にはやりたいことは何もない。 私には目標となる神崎美月も星宮いちごもいない。 じゃあ、取り敢えず他人に評価される行動をすればいいのではないだろうか(これが間違いなのだ)。 アメリカの名門大学の大学院に留学すれば箔がつくだろうか? 純ジャパの私はずっと留学というものに憧れていたんだ。 アメリカに留学すれば帰ってきてもいいし、現地で転職活動をすればひょっとするとシリコンバレーで働けるかもしれない。 私は何かにせかされるように社内留学制度に応募した。 課長には若いから選考に通らないと思うよと言われたし、私自身も今回は通らないと思っていた。 いや、留学に向けた準備も全くしていないし、むしろ通らないことを望んでいた。 ただ社内留学制度に応募するという行動がしたかっただけなのだ。 しかし、あっさり選考に通ってしまった。 私は焦った。 嬉しさは微塵も感じなかった。

社内留学制度では正規の学生として留学することが条件になっていた。 例えば訪問研究員という形であれば、オフィシャルな選考はないかあっても大分ゆるい。 一方、正規の学生でアメリカの名門大学に入学するためには中国やインドの優秀な学生がたくさん応募してくる中で10~20倍の競争に勝ち入学選考を通過しなければならない。 アメリカの大学院入試は、TOEFL(英語、留学生のみ)、GRE(英語&論理、数学)、recomendation letter(推薦状)、statement of purpose(志望動機)で評価される。 特に事前に受ける試験であるTOEFLGREの対策が日本人にとっては重いため通常は数年をかけて準備をするらしいが、私の場合は応募まで半年を切っていた。 絶望的だ。

何故だろう、自分の意思で始めたことなのに全然意欲が湧かなかった。 自費で留学予備校に通い、オンライン英会話サービスを利用して、取り敢えずTOEFLの対策を始めた。 しかしそれもすぐ辞めてしまった。 起きている間はずっと留学に頭を支配されていた。 絶望的な状況に焦燥感を感じながらも、英語の勉強ができなかった。 それだけでなく何も手につかなくなった。 プリパラとアイカツ!のアニメの視聴だけは続けていたが、それ以外のアニメを観たり漫画を読んだり映画館に出かけたりすることがめっきり減ってしまった。 プリパラの筐体をプレイすることも少なくなっていった。 今日こそ勉強をしようと早く帰宅するものの何もできず机に向かっているだけでいつの間にか深夜になっているのだ。 ベッドに横になっても動悸が止まらず眠れない。

対策はほとんどできないまま何度か試験を受けた。 TOEFLでは足切りにひっかからない大学はなくはないという程度のスコアは取れたが、名門大学応募の目安と言われているスコアには遠く及ばなかった。 GREにハードな足切りはないが、応募先の合格者平均を下回るスコアしかとれなかった。

応募の締め切りが迫っていた。 最低限応募はしなければ体裁を取り繕えない。 私は学生時代の指導教官(応募先とは研究分野が違うし個人的なコネクションもない)に推薦状を依頼し、志望動機をでっち上げ、TOEFL足切りを通過できる大学に応募した。 この頃の私はただ応募をするということだけを考えていた。 応募が終わって私はホッとした。 これで結果がくる数ヶ月間は何もすることはない。

この頃の安息はヴァルキリードライヴマーメイドだった。 最高もしくは異常な展開が続くので何も考えずに安心して観ていられる。 すけべな描写ばかりなのに完全に百合だ。 自分の百合の概念が広がっていった。

プリパラ2期の後半は辛い展開が続いた。 紫京院ひびきの悪行は許せなかった。 プリパラにも頼れない時期が続いた。 この頃のOPはブライトファンタジーだった。

夢は叶えるもの
チャンスに繋げよう
憧れてるアイドル目指して

じゃあ夢がない私はどうすればいいのだろう。 プリパラもアイカツも夢がない人はどうすればいいのか教えてくれない。

プリパラ クリスマス☆ドリーム ライブ(以後、プリスマス2015)が開催された。 プリパラの、というかクリスマスイベントに行くことが自体が初めてだった。 プリスマス2015の会場である舞浜アンフィシアターに向かう途中、次年度もプリパラが続くのか不安になり京葉線の社内で泣いてしまった。 会場に着いてからはフリーエリアで流れていたファルル復活ライブで泣いてしまったし、イベント冒頭のブライトファンタジーでも泣いてしまった。 女児アニメを観るようになってから涙腺が緩くなった。 来年もプリパラが続くようで本当に嬉しかった。

年が明け、KING OF PRISM by PrettyRhythm(以後、キンプリ)が上映された。 自転車、腹筋、自爆、そしてプリズムのきらめき…… これぞプリティーリズムという作品だ。 プリパラの厳しい展開とアイカツ!の突然のシリーズ終了予告によって拠り所を見失っていた私はキンプリにも救われていた。 しかし、2月になりブームがきて、おうえん上映に喜々として参加する層の行動や発言の厳しさを目の当たりにして、ああやっぱりオタクのマジョリティとは分かり合えないのだなあと思い、絶望した。 イベント上映を合わせると全部で13回くらい観た気がするが、初週で10回以上観たというエリートには到底及ばない。

仕事帰りに独りで立ち飲み屋や居酒屋で飲み歩くようになった。 ツンとする甲類焼酎をホッピーで割って体内に流し込んで酩酊してしまえば後は寝るだけ。 現実のことを考えなくて済む。 そうやって逃げていた。

応募から数ヶ月経って結果がメールで届いた。 ”We regret to inform you……”から本文が始まるメールだ。 試験のスコアは低い、推薦状を書いたのは応募先の教授とは全くコネクションがない人。 無能コネなしで受かるわけがなかった。

社内留学制度にはもう一年チャンスがあった。 しかし、英語の勉強を再開するモチベーションは湧かない。 来年もまた同じ結果になるのは目に見えている。 このままでは、留学の資格を得たにもかからわず留学できなかった人の烙印を押されてしまうだろう。 私は同僚や上司の目が怖かった。 私はなんで社内留学制度に応募なんてしたのだろう。 私には留学してやりたいことなんてなかった。 そんな人間が他人からの評価だけを目的として留学するためのモチベーションなんて続くはずがないのだ。

なんで他人は平然と生きていられるのだ? なぜ私のように苦しんでいないのだ? 私はこんなにマトモなのに。 こんなにも人生に真剣になって必死になっているのにどうして、ただ辛いばかりなんだ? 意味が分からない。

良い生活をしようと必死になっていた頃が懐かしく思えた。 孤独で何もなく後ろ向きではあったが、実態のない救いを信じることで楽に生きていられた。 今の私は前に向かって進もうとして、やはり自分には何もないのだと気づかされ、苦しい。 現実に向き合うことは苦しい。 アイカツ!に出会わなければ、プリパラに出会わなければ、百合に出会わなければ、女児アニメに出会わなければ、苦しむことはなかった。 百合に微熱を感じて崩れた今、もう元には戻れない。 笑いが零れてきた。 生殖主義者の生殖成果物向けに作られたコンテンツによって、生き方を変えられたのだ、私は。

5. START DASH SENSATION / るか・もな・みき from AIKATSU☆STARS! || スタートライン! / せな・りえ from AIKATSU☆STARS!

魔法使いプリキュアはやばい。 麻薬ですねこれは。 朝からこんな素晴らしい番組を観れるなんて本当にありがとうございます。 変身バンクで手をつなぐ時にぎゅっと音がするのがいいですね。 毎週欠かさずプリキュアを観るようになったのはハートキャッチ以来だ。

アイカツ!が終わってしまった。 あと半年は続くと思っていたのに。 ののリサの活躍をもっと見たかった。 彼女たちは仲が良すぎる。 でびえんに対抗できるレベルの逸材だったのに。 終盤のファンサービス展開が嬉しくもあり寂しかった。 ついにしおんちゃんがぽわプリのライブに出演し、トライスターも再結成した。 スターライトクイーンカップはあまりにも残酷だった。 最終回はこれこそがアイカツ!という展開だった。 やっぱりカレンダーガールなんだよな。

喪失感からスターズ!を最初は受け入れられなかった。陰口を叩くモブがいるし。 これからもよろしく アイドル活動!ってなんだよ、残酷じゃあないかい。 プリパラも三期があるのはうれしいが、ジュルルの育児をするらぁらさんの描写はキツかった。

スターズ!とプリパラから逃げるようにフリースタイルダンジョンを観始め、ラップに初めて本格的に興味を持った。 そういえば立川シネマシティの爆音上映で観たストレイトアウタコンプトンは面白かったなあ。 だいぶ前に観たサヴダーヂもラッパーが主人公だった。 フリースタイルバトルというやつは面白いものだ。 韻とフロウとパンチライン、攻防がめぐるましく変わる。 揚げ足をとったつもりが逆に揚げ足をとられてしまう。 ラッパーは頭の回転が速いんだなあ。 ラッパー同士の因縁はまさに人間の感情というやつだなあ。 まるで百合漫画のようだ。 それにラッパーはちゃんと自分の人生を歩んでいる。 例えばFAMOUSになってBIG MONEYを掴むという夢に向かって日々スキルを磨いている。 ラッパーはアイドルと同じだ。 R-指定が神崎美月に見える。 彼らは夢を持ち、その実現に向かって努力している。 じゃあ私は?

同期が婚約したらしい。 親同士の顔合わせは大変だった、結婚指輪は月収の三ヶ月分、結婚式の費用は400万が目安、新婚旅行は高いがモルディブがいい、子供の教育を考えて文京区に住みたい、将来はマンションがほしい、そんなことばかりを言う。 私もそんな風に世の中の価値観を受け入れてこうすべきだと心の底から信仰することができたらどんなに楽に生きられるだろう。 自分の幸福の定義について考える必要がないなんてなんて幸福なのだろう。

私はしばらくある要素技術の開発を行ってきた。 世の中で実用化されている例はほとんどないため、世界でも先駆者がいない領域に取り組んでいるのだというやりがいを感じられた。 論文を読んだりコードを書いたりすることもそれなりに楽しかった。 しかし、いざ開発していた要素技術をプロダクトにしようとした段階で、製品化のマイルストーン、目標性能を達成できないことが明らかになった。 手を動かしていたのは私一人で開発力がなかったこと、研究開発部門と製品部門の認識のズレがあったこと、評価基準が二転三転したこと、理由はいろいろある。 言い訳はいくらでもできるが、私がやったことが全部無意味になったという結果は変わらない。

漠然と転職のことを考えていた。 留学は失敗し、製品化の計画はコケた。 自分の能力を伸ばす道もないし、打ち込める仕事もなくなった。 何もなくなった。 ただ出社して退社して酒を飲むだけだ。 学生時代は様々な出来事があったし、まだまだ変化していくのではないかという期待があった。 学生時代と比較してすると何もない平坦な生活を送っているだけで一瞬で時間が過ぎていく。 ノーバリューパワポ中年に一直線だ。 私は初出社日に感じた何者になれないという漠然とした不安が徐々に現実になろうとしている。 このままこの会社にいて何かいいことあるのかなあ。 今の会社は決して良い環境ではない。 仮に留学したとしても、将来的には転職するつもりだった。 それが前倒しになっただけのことだ。 (と、思い込もうとしていたが結局は留学できないという現実から逃げて自分を騙していただけだったのかもしれない。)

定時退社とはいえベーシックインカムのような安月給しか貰っていない。 仕事のやりがいという面でも、この会社の研究開発のやり方に嫌気がさしてしまった。 役員レベルの判断が保守的だし、無価値なペーパーワークが多くて残業もできないから開発力がない。 だから競争力のない製品しかできないし、利益が減ってさらに開発予算が削られる。 負のサイクルに入っている。 なあ、これってアイカツか? A社より給与レベルが高く、マトモな研究開発をして将来も安泰な会社はいくつかあるはずだ。 そういう会社にいきたい。 職場で一番若いために労働組合の集会に嫌々参加させられて、会社の状況は厳しいですがいきいきと働くためにはどうすればいいか考えてみましょうなどと組合の役員が上辺ばかりの意味不明なことを口走るのを聞いている最中に限界になって、転職活動を始めることを決意した。

大手転職エージェントに登録すると翌日には電話がかかってきてface-to-faceの打合せをセッティングした。 ウェブに公開されている求人よりもエージェントが持っている非公開求人のほうが待遇がいいものが多いらしい。 エージェントを使わず個人で転職活動している人にとって不公平だと思ったが、しょうもない応募者をエージェント側でフィルタリングする方法としてこのような形に落ち着いたのだろう。 書類選考で半分は落ちるものだし内定をとるには10社以上応募するのが普通だ、だが新卒採用とは違うので本気で行きたい会社にだけ応募してくれと矛盾することを言われ困ってしまった。 気に食わなければ断ればいいと思い取り合えず多めに応募した。 エージェント経由の応募に関しては、履歴書をエージェントに渡してエージェントが代理で応募するという形になる。 応募時点で必要なのは履歴書だけで、新卒採用のように企業個別のESはほとんどない。 エージェントが扱っていない会社にも興味があり個人で直接応募した。 応募したのは全部で10以上20未満くらいだと記憶している。

自分の経歴と関係なくはないポジションに応募していたので書類ではあまり落ちなかった。 書類が通ったのは嬉しかったが、面接ラッシュがはじまりすっかり閉口してしまった。 知名度がある会社ほど平日の昼間に面接をいれてくるため、有給をとる言い訳に苦労した。 何度も体調不良で半休をとることになった。 また志望順位が高い会社であればあるほどきちんと志望動機や面接用のあんちょこをつくりたくなり、面接の準備に時間と精神をすり減らした。 1つわかったことがあって、留学準備の英語の勉強は全く手が動かなかったのに、面接準備は手が動いたのだ。 募集要項と自分の経歴を関連させて説得力のある面接用の文言を作り出すという作業は辛かったが、打ち込むことはできた。 やはり私がやりたかったのは転職だったのだなと思った。 中途の面接では自分が就職してから会社でやってきたことを話せばよい。 新卒の時のようにサークルだのバイトだのの話をする必要がないのは楽だ。

面接というものは全く馬鹿げている。 せいぜい一時間程度の面接の時間では仕事ができるかどうかなぞ判断できるわけがない。 プログラミング試験があったり、専門知識や学生時代の研究について突っ込んでくる会社もあったが少数派だ。 だから試用期間というものが存在するのだろうが。 面接で判断できるのは頭が良さそうに見えるかどうかくらいだ。 コミュニケーションばかりの社会人経験を通じて、初対面の相手に自分を売り込むコツは見当がついた。 デカい声を出すこと、即答すること、ロジックが通っていることの三点だ。 これが新卒採用のときにちゃんとできていたら志望度が高い会社にいけただろうなあ。

転職活動真っ只中に百合アニメがテーマの第4回AMBを観に行った。 スキルがあるMCは俺嫁系だし百合パンチラインを持っているインターネットの百合厨はスキルが微妙だなあと思いつつも、現実の人間が百合ラップしている姿を生で観れて非常に楽しめた。特に安定感があるMC柊をMC博愛が勢いで打ち負かすバトルは良かった。 トーナメントの後に判定員をしていた狐火のライブが行われた。 「27才のリアル」「29才のリアル」「31才のリアル」「33才のリアル」 自分とは違う人生だ。 でも人生に絶望しているのは同じだ。 転職というものに期待していた自分は冷水を浴びせられた。 自分は何をしているのだろう。 一生懸命仕事なんかしても無駄じゃないか?

本格的に転職活動を初めて二ヶ月程度で結果が出揃った。 今流行りの職種等、自分の経験が直接活かせないポジションは全部落ちた。 能力が足りないだけでなく新しい分野に挑戦したいという意欲も高くなかったので当然の結果かもしれないが、就職してわずか数年で別の分野に転職しづらくなるという現実を目の当たりにして危機感を覚えた。 一方で自分の経験が直接活かせる研究開発系ポジションの内定が3社出た。 大手企業が2社、成長企業が1社だ。 しかも大手企業のうち1社は新卒採用のときに落ちた会社だ。 どの会社も今より年収は増えるし、A社よりマシな研究開発をしているように見えた。 さてどこに行こうか。

ここで私は日和ってしまった。 A社に留まろうとしてしまった。 もう一年留学のチャンスはあるとか、毎日定時退社して夕方の女児アニメをリアルタイム実況できる環境を失いたくないなどと思ってしまった。 あまり深く考えずに勢いで転職活動を始めてしまったのが悪かった。 私は自分が転職に何を求めているのかわからなくなった。 一時間前はA社に残るのがいいに違いないと思っていたのに今は転職しないなんてあり得ないと確信したり、自分の考えがコロコロ変わり、精神的に不安定になった。 決断ができないまま数ヶ月が過ぎ時間切れで大手企業の内定が1つ消え、内定は残り2つ、大手企業と成長企業になった。

ロジカルに考えよう。 私が勤めるA社に未来はない。 というかA社に限らず今の若者が日本の大企業で定年まで勤めるという人生プランはもうただの夢になりつつある。 あと何十年も同じ会社に勤務して今の中年と同じくらいのアッパーミドルの給料をもらいつつ定年退職まで働いて退職金を数千万貰えるわけがない。 日本は高度経済成長を終えた、もう終わった国なのだ。 国と大企業は一蓮托生で衰退していくだけだ。 リストラや給与カットが行われ、退職金も削られるだろう。 それらの施策は既に始まりつつある。 そもそも20年以上先にA社がまだ存在しているかどうか怪しい。

社内に重苦しい空気が流れている。 会社の未来を創るはずの研究開発部門にさえ、右肩上がりの状況を変えることはできないだろうという諦めの雰囲気が満ちている。 一方で無暗に楽観的でもある。 このままではヤバいと誰もが口に出して言うけれど、本気でヤバいとも本気で状況を変えようとも思っていない。 40代後半から50代の人は定年まで逃げ切って退職金を貰えるかもしれない。 しかしそれより若い人々はどうだ? このままA社で働き続けて何かメリットがあるだろうか?

それにこの会社のロールモデルには魅力を抱けない。 昇進して管理職になったところで仕事はパワーポイントで技術の価値やらなんやらを偉い人へ説明して怒られることだ。 その姿を毎日見ていてこうはなりたくないと思ってしまった。 将来的に終身雇用や退職金といったリターンがあるかも極めて怪しい。 環境を内側から変えるのは不可能だ。 10年以上経験を積んで課長レベルになったところで発言力はない。 ならば所属する環境を変えるしかない。

私が感じているA社への不満は程度の差こそあれ、どの大手企業に行っても同じことだろう。 10年先どころか5年先も見えないならば、今の自分がやりたいことをやるのが一番いい。 私には夢がない。 夢中になれることがない。 創作活動ができる人たちが羨ましい。 人生をかけてまで成し遂げたいことがない。 だから苦しい。 今の私がやりたいのは首都圏に住んで美味しいものを食べ(言い忘れていたが私は食事が好きなのだ)、女児アニメや百合を摂取することだ。 ならば首都圏勤務で給料がいい会社に行けばいい。 要素技術でプロダクトにコミットできるならばなおいい。 greedyなアルゴリズムで人生のglobal optimumが得られるはずだ。 自分のdesireに忠実になればいい。

この頃、たまたま南千住で降りて山谷を徘徊する機会があった。 一泊2200円の宿がそこらじゅうにあり、日雇い労働者が昼間から劣悪な缶チューハイを飲みながら路上でたむろしていた。 なーんだ、例え転職で失敗してもこういうセーフティラインもあるじゃないか。 失敗しても大丈夫だ。 私に失うものは何もない。 私はaと別れた時に決めたのだ、世間が決めた人並みの幸せなぞくそくらえ、もうホンモノになるしかないと。 私はダンジョンに潜ってラスボス般若を倒すんだ。 私はスターライト学園に転校してアイカツ!をするんだ。

同い年の人はそろそろドクターをとった頃合いだ。大学の助教になったり天皇アルゴリズムを教えた人もいる。起業して一千万どころか億を稼いでいる人もいる。

アイカツ!に楽曲を提供しているMONACAでは近い年齢のアーティストが活躍している。 芸カやオンステで入手したエモい同人誌の作者はほとんどが年下だ。 私は消費するだけの豚だ。

映画聲の形を観た。 私はカタルシスに圧倒されてしまった。 作品について調べて作者の大今良時が同い年であると知って絶望した。

晴れ女の会に行った。。 硝子ドールの山崎もえも格言絵の山口ひかるも79話の綾奈ゆにこも同年代だ。 わたしも彼女たちのようになれるだろうか?

みんな成し遂げている。

大手企業で出世競争を勝ち抜いて偉くなったところで、役員の名前など誰も知らない。 30年勤めて老人になってから大金を貰って満足か? つまらない人生だ。

私は成し遂げたい。 成し遂げない人生は悲惨だ。 私は最悪な人生を一発逆転で最高にしなければならない。

私はアイカツ!の歌を繰り返し聴いた。

チュチュ・バレリーナ

自由をうばわれたマリオネットじゃないわ
女の子のぶんだけ ティアラはちゃんとある
舞台の袖に立って 自分の出番を待って
そうよ ターンきめるの

MY SHOW TIME!

周りを見れば 同じように
ライバルたち どんな気持ちで
待っているか 分からないけど
最後まで そう 自分のこと
信じてあげなきゃ!

ヒラリ/ヒトリ/キラリ

アクトレスの未来を信じて
夢をかなえるために 歌い踊る
ヒトリヒトリ/キラリと テーマを超えよう
自分のことをあまやかしたら 全部 みぬかれてしまうよ

START DASH SENSATION

今わたし達が駆け抜ける毎日も 懐かしくなるのかな
頑張ったぶんだけ 遠くまで行こうね
立ち止まらないよ
未来向きの今をキミと走ろう
いつだって、ここから、あたらしい夢
どこにだって行けるよ!

SHINING LINE*

なりたいだけじゃダメだなって   夢のままじゃ違うなって
きっとわたし最初から知っていた
逸らせないくらい 綺麗だったの
ありったけの勇気出して 手を伸ばしたんだ

スタートライン!

夢は見るものじゃない 叶えるものだよ
輝きたい衝動に 素直でいよう
後悔なんて絶対 君には似合わない
限りのない情熱で 飛び越えていこう
スタートライン!
さぁ 顔あげて チャンスが待ってる!

神崎美月は床をすり減らすくらい練習してアイドルの頂点に輝いた。

藤堂ユリカ様はスキャンダルを乗り越えプレミアムレアドレスをその手に掴んだ。

一ノ瀬かえではユリカ様を”連れ出し”た。

星宮いちごは憧れの美月さんを越えアイカツランキングで1位になった。

氷上スミレは好きな歌で生きていく道を選んだ。

北大路さくらはプレッシャーを乗り越えスターライトクイーンになった。

大空あかりは星宮いちごを”つかまえ”た。

じゃあ、私は? アイカツ!をしなくていいのか?

気持ちが決まり切らないまま盆に京都に旅行に出かけた。 夜に時間が空いたのでMOVIX京都にふらっと出かけ、公開されたばかりの劇場版を観ることにした。 アイカツ!~ねらわれた魔法のアイカツ!カード~を観てアイカツ!のみんなが”いる”ということに泣いて、劇場版アイカツスターズ!のゆめロラに呆然とした。

アイカツ!アイカツスターズ!の二本立てを観て私は決意した。 自分を信じてみよう。 私は成長企業であるB社への転職を決意した。 研究開発の成果を市場に出すことができそうだし、提示された給料が良かったし、短中期的に市場で勝つビジョンが明確だったからだ。 私は今の自分がやりたいことをやるのだ。 キングギドラのように”リアルにやる”のだ。

オタサーはフェードアウト ”生活”も速攻
ドロップアウト 孤独 No Doubt
行き場なくし 夢もなくしかけてた
ある日目にした作品は
プリパラ アイカツ! スターズ! 魔法使いプリキュア
その辺観て完全ロックされる
観れば観るほど こころが微熱を持つ
そんな気分の自分 初めて会った
人生で初めて ”オタク”になった
他の奴ぁ流行りの深夜アニメ言語繰り返し
未だつまらねえ結婚マンション情報蒸し返し
俺は これで絶対天下取る
てゆうか これがなけりゃ何誇る
てゆうか 俺が死んだ後何残る
だから目の前にあるこのカプに縋る
どこ相手にしてもリアルに言う これがわたしがホンモノ目指す理由
どこ相手にしてもリアルに言う これがわたしがホンモノ目指す理由

輝きたい衝動に素直になるのだ。

未来向きの今がここから始まるのだ。

6. タコ / pegmap

色々と不備があり、入社が来年にずれこんでしまいそうだ。 年内には転職完了するつもりだったのに出鼻を挫かれた気分だ。

予定よりだいぶ遅れて退職の手続きを始めた。 最初に直属の上司に退職の意志を伝えたが、すごく悲しい顔をされてしまったので申し訳ないと思った。 その後人事との面談があったもののまったく引き止めどころか退職理由に対する深い突っ込みもなく(なんてやる気がないんだこいつらは)、すべてがスムーズに進み希望した通りに有給を全部使って退職できることになった。 ちょうど新しいことを始めたばかりで、引き継ぎ事項が少なかったのも幸いした。 この技術がどうなるか見届けたい気持ちもあったが、仕方ない。 どうせモノにはならないだろう。 最終出社日はエゴに満ちた長文の退職メールを関係者各位に送りつけた。 これがやりたかったんだよな。 感謝と尊敬を各位に表明し私は皆さまのおかげでこんなに成長できました新天地でもがんばりますというやつ。

もうあの会社の敷地に入れないのは不思議な気分だなあ。 会社の敷地の雰囲気は好きだったんだよ。 さて有給消化でしばらく休みだ。 フィリピンに短期語学留学に行こうかと思ったが、断続的にライブの予定が入っているので諦めましたとさ。

取り合えず生活を諦めてからゴミ屋敷になっていた部屋を掃除して、ヘッドと机の配置を変えて模様替えした。そして、今しかできないことをしようと思って澁谷梓希さんになろうと思って髪を金髪に染めた。 おお生まれ変わった私だね。 やはり視覚は大事だ。 ブリーチを何回もしたので髪がボロボロになりお金もかかったが、明るい髪色にするのは大変なのだね、勉強になった。

衝動的に長野県に旅行に出かけた。 松本市美術館草間彌生のオブジェを堪能し、蕎麦をたべまくった。 信州そばといっても店によって全然違うし特に傾向が感じられない。 蕎麦目的ならわざわざくる必要はないかもなあ。 一日目は松本をうろついて、二日目は長野にきたものの善光寺くらいしか観光名所がない。 さっさと帰ろうかとも思ったが、たまたま立ち寄ったバーの常連客に進められて三日目は小布施に出かけた。 紅葉のシーズンは過ぎていたが、浄光寺の石段と苔むした本堂はまさに信州の古寺といった雰囲気でサーヴァントを戦わせたくなったし、岩松院の八方睨み鳳凰図はかっこよすぎて見入ってしまった。 また現物を観たいと思った美術品はうろこ美術館のアナベラ像とこれくらいだなあ。 バーの常連客に進められた北斎館も勿論よかった。 夕方に長野に戻りここでしか食べられないものを食べようと思い最後はいむらやの甘ったるいあんかけ焼きそばと玉ねぎ臭いシュウマイで長野県を締めたが気分が悪くなった。

松本から長野に特急しなので信州の大地を移動している最中のことだったが、アキコレに入っている白銀リリィ先輩の曲のフルを初めて聴いて思わず泣いてしまった。

Dreaming bird

きっと楽しいことばかりじゃないだろうけど
走り抜ければハッピーエンドさ
ふるえるヒザ抱え こっちへおいでと
呼んでいる新しい明日へ 明日へ

私は白銀リリィ先輩のアイカツスタイルが好きだ。 私も独自のアイカツでハッピーエンドを目指すんだ、そうでしょ?

aが結婚することを人づてに聞いた。 おめでとうございます、あなたは社会的で正常な幸せを求め実現させることができる社会的で正常な人だったね。 正常に幸せになって下さいね。 優勝!

休みの時間はあっという間に過ぎて年末年始の季節になった。

i☆Risの武道館公演ではまた一つ大きくなった彼女たちを観れたし、Syrup16gのライブでは年甲斐もなく最前列のモッシュに参加したら五十嵐隆の水鉄砲から発射された水が顔面にかかったし、プリスマス2016ではこれまでにないくらい多くのライブが観れたし(本物の紫京院ひびきがせりあがってくるシーンがよかった)なにより来年もプリパラがあることがわかった。

それにしても今季はアニメが豊作だったなあ。 最初はうーんとなっていたスターズ!もプリパラもどんどん良くなっていったし、魔法使いプリキュアもはーちゃんが入ってからさらに百合になったし、キュアモフルンは号泣してしまった。 フリップフラッパーズは完全にオタクが好きなやつだし。 終末のイゼッタは別離が確定している百合だし車椅子ENDというおまけつき。 ブレイブウィッチーズはEDで走るしエイラーニャが出てくるしCGのクオリティすらもゼロ年代だ。 ドリフェスはまごうことなくアイカツ!のテーマが受け継がれている。まだ私は生きていてもいいのではないかと思ってしまうじゃないか。初期じゅんやくんが初期紫吹蘭みたいで笑ってしまった。 しかしなんといってもユーリ!!! on ICEが一番よかった。作画や楽曲のクオリティも素晴らしいが、何より性癖に刺さった。10話EDが最高。突然の救済には理由があったんだよな。実は二人はあの時出会っていたんだよな。勝生勇利のクソ野郎感もいい。ヴィク勇はかえユリなんだよな。いやすみません勇利は少なくとも精神的には攻めでお願いします。

はあ、荻上千佳か藤堂ユリカ様か勝生勇利になりたい。 自分勝手に行動して不幸を感じてそして天からの救済によって救われたい。 天から降ってきたのが神ではなく人間で相互依存できればなおいい。 私は結局共感や自己投影をキメないと創作にガチ恋できないのか? 私は荻上のように漫画を描けないしユリカ様のように吸血鬼でないし勇利のように4回転フリップを決めることもできない。 ただの豚で、百合の文法さえインターネットからの受け売りだ。 救われたい。 しあわせになりたい。 何者でもない私では絶対に叶えることのできない夢。 ずっと憧れている、ずっと。

私は信仰と信念に染まることを目指している。 信仰とは神を信じるということで、自分の外側から突然降ってくる絶対的な価値観にすがって安心したいということでもある。 一方で信念とは、自分の内側の概念であって特別な人間になりたいとか、なにかを成し遂げたいといった衝動、欲望、desireを指す。 私が信仰しているアイカツ!は、私の信念と似通ったメッセージを放っていた。 だからたまたまうまくいっているような気になっているのかもしれない。

まあそんなことはどうでもいい。 新年が文字通り私にとって新しい年になるのだ。 まずは形からはいろうじゃないか。

私は近所の和菓子屋で裸の鏡餅(めでたい!)を買い台所の棚に置き、上に蜜柑を載せようとした。 しかし何度乗せようとしてもおきまりの鏡餅の絵のようにならない。 バランスが悪く、どうしても蜜柑は転げ落ちてしまう。 仕方なく蜜柑は鏡餅の隣に置いた。 良い門出になりますようにと鏡餅と蜜柑に向かって祈った。

年が明け、転職先で新しい仕事が始まった。 定時退社だったものだから残業もりもりがデフォはキツい。 まあ労働時間は増えたけれど、給料も増えたし、仕事も面白そうだ。 前職であれば一年かけそうな案件を数か月でやれと言われて笑ってしまったが、周囲は技術力がある達人みたいな人ばかりだしそれなりのクオリティのものができるだろう。 よっしゃがんばるぞ~~。 前職ではド素人の私が1から技術を調べて同じくド素人チームリーダーや管理職に説明していたからなあ。 マネジメントには不安しかないが技術という面では大分マシになった。 しかし天才だらけの業界だから自分のような凡人が技術で食っていくのは厳しい。 knowの有主照・問ウのようなキャリアパスを考えなければ。

仕事が忙しければ何も考える必要がない。 余計なことを考えなくて済むから楽に生きていける。

楽? 私はアイカツ!がしたかったのではないのか?

ある平日夜遅くに帰宅し、いつもと同じように寝るまでの時間にパソコンで軽くインターネットをしているとFacebookから通知がきた。 詳細を見ずに反射的に通知のリンクをクリックしFacebookを開くと”友達”になっているb先輩の写真が4年ぶりに更新されていた。 私は動揺した。 恐る恐る写真をよく見ると、飄々として愛嬌を振りまきつつも危うさを感じさせたあの頃の昏さはなく、凡庸な生活臭があった。

その時、台所で物音がした。 ふらふらと立ち上がり様子を見に行くと、腐り果てた蜜柑の隣で黴びた鏡餅が乾燥のためにひび割れ、分裂し、塊が床に落ちていた。