志村貴子と私

私が志村貴子という漫画家を知ったのは大学に入学した2007年のことだ。

生家を出て一人暮らしを始めた私は、これまでの弱くて恥ずかしい自分を知る者はいない環境で新しい人生を始めるのだという気概があった。
有り体にいえば大学デビューを狙っていた。

私は『げんしけん』という漫画に憧れ、大学ではオタクサークルに所属したいと思っていた。
共通の話題があるグループというものに所属して送る怠惰ではあるが楽しい毎日、そしてそこで出会った恋人による救い、そういったものに憧れがあった。

新歓の時期にいくつかオタクサークルを見て回った。
最終的に所属することになったオタクサークルで私はsさんと出会った。
初めて話し込んだのは新入生歓迎イベントの一環である花見の時だった。
ブルーシートの一角から缶チューハイを持って立ち上がり、靴を履いて物理的に輪の中心から離れた公園の入り口まで移動した
車止めにもたれかかりオタクサークルその他サークルのにぎやかな花見の様子を眺めながら話した。

sさんは背が高く欧風の顔立ちで、服装もエレガントで外見からして大人びて見えた。
sさんは実際に年上だった。
自虐的に語ってくれたところによると三つ年上だが同じ一年生だった。
医学科志望だったが紆余曲折あって工学部に入ったのだという。
18歳の私には三歳差は越えられない壁に感じた。
ついさっきまで高校三年生だった私が中学三年生に出会うようなものだ。
何もかもが違う。
年齢差を知った段階で私は無意識に自分自身をsさんの下に順位付けしていた。

そしてsさんは博識だった、私が憧れていた方向に。

生家にいた頃の私は閉じた田舎で自覚的あるいは無自覚的に発せられる攻撃に対して、攻撃者が全く知らない知識に触れているという優越感で防衛機制働かせていた。
ここでいう知識とはインターネットの文化やオタク趣味のことだ。

私は自己肯定感が低かった。
自分が正しいという裏付けが欲しかった。
そこで私は”知”で武装して自分を守りたいと思った。
インターネットの文化やオタク趣味だけでなく、真面目な方向、文学や哲学も身につけて酸いも甘いもかみ分けたインテリになりたかった。
しかし、当時の私は、そして今も、知識の幅が狭いだけでなく深さも浅かったし、知識をつなげる思考も不得手だった。
そして知識や思考を磨く努力もしていなかった。
所謂ワナビーであった。

sさんは当時のインターネットの最先端(であると私が思っていた)のはてなユーザーだった。
sさんは私が知らないことをたくさん知っていて、私に教えてくれた(sさんは話をするのが得意で私は話をするのが下手だったため私が聞き手になることが多かった)。
はてな村の有名人のスキャンダル、歴史、現代思想、文学、哲学…
sさんは私が欲しい武器をいくつも身につけているように見えた。

私はsさんが語ることをほとんど知らなかったし理解もできなかった。
他人と話していてここまで知識や論理で圧倒されるという経験は初めてだった。
理解できない対象によって生じる感情は恐れか崇拝である。
私はすぐにsさんに憧れ、崇拝してしまっていた。

そんなsさんが好きな漫画家だと言って紹介してくれたのが志村貴子だった。
sさんが”布教”のためにサークル室に寄付した『放浪息子』と『青い花』を手に取った。

最初、私にはよくわからなかった。
このような漫画を読んだことがなかった。
自分を周囲と差別化するために読んでいた漫画とも違っていた。
シスヘテロではない性というテーマ、漫画の技法、どちらも私にとって新鮮すぎて理解できなかった。
「画面が白いんだけど白く感じないんだよ。」
すごいsさんが勧めてくるのだからきっとすごい漫画家なのだろう
志村貴子はよくわからないが高尚ですごい漫画家というイメージがついた。

大学では色々な出来事があった。
勉学に関して言えば難しさに辟易したり、あるいは高校レベルの内容に落胆したりした。
大学で身につく知というものに期待していたが、望むものを身につけるのは容易ではないように感じた。

サークルでも様々なイベントがあった
作品展示会、合宿、サークル誌の作成、夏コミでの配布、大学祭で飲食店の出店……
サークルの構成員と心から同調できないという無視できない違和感を感じながらも、私は自分が望んでいた場所にいると信じ込んだ。

秋を迎えた頃、私はオタクサークルで知り合った異性aと交際を始めた。
運命を感じたからではない。
私は性欲と恋愛感情の区別がついていなかった。
性欲ドリブンで少しだけ力をかけて、後はなるようになっただけだ。
自分は勇気がなく環境に恵まれなかっただけで、適切な状態に身をおけば望むものを手に入れられるのだと思った。
手に入ってしまえばあっけないものだ。
瞬間的に自己肯定感はかつてないほどに高まっていた。

sさんもほぼ同じタイミングでオタクサークルで知り合った異性bさんと交際を始めた。
bさんはsさんと同様に知的な人で私は尊敬していた。
お似合いのカップルだと思った。

オタクサークルで浮いていたように感じた。
少なくともメインストリームの派閥には属していなかった。
サークル内で異性交際しているからといった直接的な要因もあったが、それ以上にサークル構成員と話が合わなかった。
興味があるオタク作品がまず合わないし、合ったとしても作品のとらえ方が違っていた。
オタク話題以外のところにサークル構成員の魅力を見いだせるかというと、それも稀だった。
オタク話題と同等以上に麻雀によるコミュニケーションが重視されていたが、長時間同じ人たちと同じ場所にいるという自体に価値を見いだしているようで、苦痛で参加できなかった。
共通の話題があるグループに”所属している”という感覚を得ることができなくなっていた。

思えば私は思春期に外界と自分を差別化する”知”としてオタク趣味に手を伸ばした。
不特定多数の他人との接触や非接触から引き起こされる孤独や畏れからひとりぼっちの自分を守る手段だったのだ。
本当にオタク趣味自体が好きだったのだろうか?
わからなくなった。
オタクサークルではオタク趣味があるだけでは自分を差別化できない。
オタクサークルに入るということは自分からアイデンティティを失いにいくようなものだ、他人が怖いのに他人の集団に入り込むなんてナンセンスだ、と遅ればせながら気づいた。
私はこのときになってようやく自分の本質がなんとなくわかった。
他人が苦手なのだ。
そして自分のことが大好きで、自分を誤魔化してばかりなのだ。

私は徐々にオタクサークルと距離をとるようになった。
サークル部屋に顔を出す回数が減った。
義務ではない活動に参加しなくなった。

sさんもまた私と同様にメインの派閥とは相容れない部分があるようで、オタクサークルから距離を取り始めていた。
私たちの接点はオタクサークルしかない。
sさんと顔を合わせる回数は減った。同じ学部だったためキャンパスで見かけることはあったが、積極的に話しかけることはなかった。
sさんのことが気になるものの特に何の用事もないのにこちらから連絡をし辛く、またあちらから連絡がくるこも稀だった。
私たちをつなぐのは皮肉にもシーズン毎にあるオタクサークルの全体飲み会だった。
一次会二次会が終わると、メイン集団がオールカラオケに向かうのを見送り二人で帰った。
私たちの家は繁華街からみて同じ方向にあり、私のアパートのほうが近かった。
私のアパートの前まで来ると毎度別れを惜しんで立ち止まり長い時間話した。
この立ち話は春夏秋冬行われたはずだけれど、冬のイメージを強く記憶している。
寒空の下、歩道には薄く雪が積もっていたりして、たまに来る自転車を避けて、手がどんどんかじかんできて、しまいには身体が芯まで冷え切ってしまうのだけど、心地よい時間だった。
sさんが喋り、私が聞く。
繋がっていることの幸福を感じた。

大学生活とはそれ自体が長い長い夏休みのようなものだ。
明確な終わりがあってそれまでに解決しなければいけない課題があるが、終わりまでの期間がきわめて長いのでついつい課題を先送りしモラトリアムのぬるま湯に浸ってしまう。

オタクサークルに参画した楽しい生活という夢は挫けた。
オタクサークルで出会ったaとの交際も救いをもたらしてはくれなかった。
埋まることのない他人との距離に孤独と不安を感じ、私はずっとこのままなのだろうかと膝を抱えた。
尊敬するsさんやその交際相手であるbさんの興味関心から、自分の進むべき道を探そうとしたがうまくいかなかった。
彼らと私には差がありすぎた。

家に帰るとWindowsXPのパソコンを立ち上げ、機械的mixiとまとめブログとギコナビをリロードする毎日。
何も考えられなかった。
アイデンティティの再構築に躓き、大学入学前の自己肯定感の低さに逆戻りしてうじうじしている間にも時間は進んでいた。
私とsさんは大学を卒業し大学院の修士課程に進学してしまっていた。

私もsさんも博士課程に進むことは考えていなかった。
sさんはすぐそこに迫っている就職活動に対してナーバスになっていた。
就職活動という粗野で理不尽なプロセスにおいて成功するビジョンがないようだった。
また、就職活動の成功とされている下品な事例に対しても受け入れがたさを感じているようだった。
私も本心で応援していたが、憧れの知的なsさんが下界の催しである就職活動なんかに成功してほしくないという矛盾した感情もあった。

就職活動の年、sさんは医学科に合格した。
医学科合格は学歴コンプレックスを抱えていたsさんの悲願であり、また普通の就職活動を回避する最良の手段だった。
sさんは大学院を中退し医学科に入学した。
人生に対するスマートな解法を見せつけてくれたことに拍手した。
さすがsさんだ。

私も紆余曲折あったものの最終的に就職先を手に入れた。
他人というものが本当に苦手なのに、普通の人間であるところの概念としての同級生たちと同等かそれ以上の立場になれたことにほっとした。
sさんには比べものにならないが私にしては上々だ、sさんと物理的な距離はできてしまうけれど末永く付き合えたらいいな、と楽観的に思った。

一息ついた。
私もsさんも上手くいった。
一念発起して学生時代ずっと交際していたaと別れた。

これで大学生活が本当に終わった。
オタクサークルは上手くいかなかったが自分を見つめ直して今度こそ自分に最適な新しい人生を始めたい。
シャカイというものに不安を感じながらもわくわくしてしまっていた。
まるで大学に入学した直後のように何かが手に入って変わるかもしれないと思っていた。

カイシャは思ったよりなんとかなった。
他人が必要以上に接近してくることはあまりなく、距離をおいて機械的にコミュニケーションすればよかった。
話に聞いていたほどカイシャで精神がすり減ることはなかった。

カイシャがある生活になれてきた夏、『青い花』と『放浪息子の連載が終了したという情報を耳にした。
気がつけば年単位で読んでいなかった。
作者に申し訳ないと思いながらも古本屋も活用して全巻をそろえて最初から読んだ。
最初の数巻を初めて読んでから6年が経っていた。
今になってみるとsさんが勧めた理由がわかる。
これはとてつもなく面白い漫画だ。
私の精神も少しは6年前のsさんに近づけているのかもしれないと思った。

読み終わる頃私は泣いていた。
物語が進むにつれて登場人物は自分の気持ちと向き合い自分の意思で前へ進むようになる。
私もそうありたいと思った。

思えばこの頃が人生に漠然とした希望を抱いていた最後の瞬間だったのかもしれない。

緩慢としたカイシャ生活を1年2年と続けるにつれて、徐々に自分の人生は良くなることはないということがわかってきた
漠然とした希望が漠然とした不安と埋めようのない孤独に変わっていく。
人生を好転させようという気概で行動を起こしたことはあった。
しかし何をしても頓服薬のようなもので一時的に効果はあっても長続きしなかった。

sさんとの連絡の頻度は減った。
物理的な距離があるため偶然出会うということはない。
数ヶ月、半年、一年と連絡の間隔は空いていった。

連絡があるたびsさんは変わっていった。
運動部に入り明るくなった。
リアルの友達が増えた。
bさんと別れた。
頻繁に行きずりの相手とセックスするようになった。
キメキメの自撮りを送ってきた。
医局の飲み会で同期と一緒になって下品な出し物をした。
好きな漫画は闇金ウシジマくんだ。

医学科に再入学したsさんは望みを叶えたのだ。
sさんはきっと欲しかったものを全て手に入れているんだ。
今のsさんが本当のsさんで、私が憧れたsさんはもうどこにもいないのだ。

オタクサークルで得たものはすっかり失われてしまった。
一番かけがえないと思っていたsさんとの関係すらも。

毎年夏になると『青い花』と『放浪息子』を読み返した。
そのたびに私は泣いた。
取り戻せない大切なものがあることを感じた。

『娘の家出』、『淡島百景』、『こいいじ』……
志村貴子の新しい連載が次々と始まっていた。
しかし熱心に読む気にはなれなかった。
登場人物が増えますます群像劇の様相を呈し、sさんが教えてくれた頃とは作風が若干変わっていく。
線も2007年より太くなった。
オタクサークルでの出来事とsさんとの思い出が取り戻せないものであることを自覚させられ、作風が変わっていくことに向き合えなかった。

2017年11月、志村貴子原画展に足を運んだ。
最近の作品をちゃんと読んでいない後ろめたさと志村貴子に向き合うことの不安に気後れがしたものの、これは行かなくては後悔するという使命感に駆られた。

休日の昼間に行ったのに思ったより空いていた。
ゆっくりと展示物を見て回ることができた。
紙がゆがんでいるから本当に手で水彩で描いているんだ。
ホワイトの少なさやカケアミの技巧に感心した。

見覚えがあるページの原画を目にするたび自然と涙ぐんでいた。
千葉さんの凜とした美しさに憧れたページだ。
生協で買ったハリボーをつまみながらサークル室で読んだページだ
sさんがにやにやしながら見せてくれたえっちなページだ。
あの夏に目にして身動きがとれなくなってしまった最終巻の表紙だ
走馬燈のように記憶が呼び起こされる。
私には過去があった。
志村貴子は過去そのものだ。

オタク趣味を自分のアイデンティティだと思い込んだように、私は志村貴子が好きなのだと思い込んでしまっていた。
志村貴子の漫画は確かに面白い。
しかしそれ以上に私にとっての志村貴子という存在は、楽しかった大学時代の一瞬のきらめきと希望の象徴だったのだ
そして今は輝いた後の消し炭だ。

自分はまだ10年前に、大学に入学したての2007年に留まっている。
変わってほしくないことが変わっていくし、変わってほしいことは変わらないままだ。
私は未だインテリになれず、自己肯定感の低さと漠然とした不安、そして埋まらない孤独に苦しんでいる。
死ぬまで同じだ。

「ふみちゃんはすぐ泣くんだから……」
そう言ってハンカチを差し出してくれるあーちゃんは私にはいない