天気の子を観た

 天気の子を観た。

 ツイッター上で好意的な感想ばかりでそれが好きなアカウントと嫌いなアカウントの両方から流れてきたので、期待半分冗談半分で観に行ったところあまりにも良すぎて絶句してしまった。なぜこんなに良いと感じたのか、文章にして自分の思考や感情を整理したいのでこれを書いている。

 この作品は新海誠作品かつセカイ系でありながら主人公は内省的すぎず、彼とメインヒロインは何も「喪失」していない。セカイ系でありながら何も喪わない未来があるという構成が新鮮で私自身の苦悩に刺さったのだ。

 新海誠作品とセカイ系の共通の特徴として「喪失」がある。ここでいう「喪失」とは、主人公が愛しい人との別離、記憶喪失、死などを経験することである。そして「喪失」の責任は常に無力な主人公自身にあり内省し続ける。

 新海誠作品の例を挙げると、ほしのこえのノボルはミカコのメールを受け取っても彼女のために直接的な行動を起こすことなく自分の中で咀嚼する。秒速5センチメートルの貴樹くんは自意識の権化であり様々な可能性の芽を自分自身で潰しながら成人しても過去に囚われ続けている。

 そしてその他のセカイ系作品においても「喪失」は物語の結末に付随する。最終兵器彼女シュウジはちせが人間でなくなっていく過程を見守ることしかできず、ちせは人間としての肉体を失い抱き合うことはできなくなってしまう。Fate/stay nightでは衛宮士郎の魔術回路が貧弱であるが故に戦略が狭まってしまいヒロインを全員生き残らせることはできない。

 このように主人公が無力であるが故に「喪失」することは新海誠作品とセカイ系の両方に見られる特徴である。作品のトーンあるいは結末は暗い。ファンは「喪失」とそれを引き起こす前後の主人公の無力と内省に自分の人生を投影し甘美な自己陶酔に浸るのだ。もちろん私も。新海誠作品の過剰ともいえる内省ポエムはファンの心をとらえて離さない。

 このような作品を期待していた人々にとって君の名は。は衝撃的であった。新海誠作品でありセカイ系でもあるのに主人公が大きな失敗をしないし内省的でないのだ。思春期で女体に興味を示すわかりやすい少年である滝くんが、三葉を想いの力で助けるという表面的にみるとまるで週刊少年漫画雑誌のような「明るい」展開。しかし物語の構造はセカイ系の文法に則っており「喪失」は息づいている。二人の再会が示唆されるものの詳細な記憶は喪われている。

  天気の子は君の名は。以降の系譜にある「明るい」新海誠作品である。ただし君の名は。は大衆向け作品を新海誠テイストに味付けしたものであるのに対し、天気の子はトラディショナルな新海誠からスタートして大衆向けに寄せていった雰囲気がある。東京に生きる人間の視点からみえる東京、特に猥雑な部分、の執拗な描写は新海誠っぽいし東京で生活しはじめた帆高の心情の質感をリアルに感じられた。しかし大衆向けとしては過剰かもしれない。過去作キャラの出演やその他オタクが喜びそうな小ネタの数々(カナ&アヤネ、キュアブラックとか)もよかった。キャラクター間の近すぎない距離感が心地よく違和感なく関係性を感じることができた。警察からの逃避行からラブホに泊まって枕投げしてそして……という一連の流れに物凄いカタルシスがあり紛れもなくセカイ系だった。その他いろいろ面白いシーンは多々あった気がするが言及したいのはそこではなく結末について。

 帆高が陽菜を助けたことによって、東京の気候変動は継続し一部の都市機能を失ってしまう。しかしこの変化によって大量の死傷者が出たという描写はない。既存のセカイ系作品がキミとその他大勢の命を秤にかけていたことからするとなんと幸福なのだろう。しかもこれは大きな世界の変化であって2人が生きる小さなセカイは何も侵害されていない。2人は関係も肉体も記憶も何も喪われていないのだ!2人は何も「喪失」することなく幸せに美しく生きるのだ!

 私はゼロ年代セカイ系によって自我の第一段階を与えられた。ド田舎のゲオで立ち読みした最終兵器彼女でセカイの仕組みを理解した。それからずっと過去の記憶にすがることや内省的であることが美しい挙動だと思っているしそうしてきた。

 あれから15年が経ち、私はもう疲れてきた。「喪失」をこころのガラスケースに飾って眺めていても私は幸せになれなかった。「喪失」鑑賞は学習意欲を奪い思考を凝り固まらせていく。だから人間的な魅力が失われ新しく他人を惹きつけることができず孤独のままますます過去に縋っていくことになる。これから人並みに老人になるまで死ねずに生きて生活してずっと孤独でいることが怖い。

 そんな折に「喪失」することなくしかも自分の美学を損なうことなく美しく生きる可能性が示されたことは救いであった。

 

 もう私は何も喪いたくないし今より先をみて生きたい。

 そしてしあわせになりたい。